2012年07月22日

技を使える 技で身を立てる ということ

花0722.jpg
先達とは
およそ人の考え得ることを、一通り行って
数多くの試行錯誤を重ね
あとに続く人へ
教え導くことができる人を指します。

私が学ぶ
この「筋バランス調整法」という整体術にも
先達がいるからこそ
技の継承が現在も脈々と行われているのです。
先達が、その先々達(という表現させていただきます)から得た技に
あらたに試行錯誤の上に見出した技を加えて
武術・武道のように発展しているのです。

この技を使えるように、学ぶこと、と同時に
この技で身を立てる、ということは
どちらも
この世界で羽ばたこうとする者にとっては
大きな山です。

山の頂上まで、厳しい道のりが控えています。

技が使えずに、泣く泣く下山する者
力尽きて、飢え死にする者
足を踏み外して、谷底へ転落していく者
同じ道を、堂々巡りしてしまう者
5合目で、息切れして留まる者
あともう一歩なのに、霧の中うろうろしている者
などなど

先達は、頂上から
それらすべての者の、やることが見えていて
こうすれば良いのじゃ、と諭すのですが
みんな、目の前のことで精一杯で、耳に聞こえてきません。
聞こえていても、自分なりに、やってみようと試みます。

はたして
先達が回り道した時と同じ轍を踏みながら
やっと
その頂上が見えてくるころには
この技が使える者として
また、この技で身を立てられる者として
見えない勲章
見えない免許皆伝が備わるのです。

技は、処世術を後押しし
処世術は、技を不動のものに仕上げてくれるのです。

整体で身を起こすということは
それだけの気概があって
世のため人のためになろうという
謙虚でかつ強い意志がある人に与えられる生き方だと思います。











posted by ogawan at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ライフワーク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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