2012年11月30日

あたま 髪の毛の おはなし 

きのうの昼に床屋さん(3Q CUTさん)に行った。
スポーツ刈りで、サイド6ミリ、トップも合わせて下さいと依頼した。
出来上がったら、いつもより額が上がってることに気づいた。
あれれ

頭.jpg

幼稚園時代は、母がハサミと手動バリカンで髪を刈ってくれた
小学校時代は、板橋 小豆沢公園(貝塚)近くの床屋さんへ一人で通った
当時あたりまえだった「坊ちゃん刈り」がイヤでイヤで
いつもイスにすわると、店の人に
「坊ちゃん刈りにしないで、横に流して下さい」と頼んでいた
一度、床屋さんから「や〜だよ」と言われて
「え〜」と思ったけど
ほんとうに、おでこの高さで
一直線に切られて「坊ちゃん刈り」にされて
あのときは、くやしくて泣いて帰った思い出がある

中学校に上がると、男子は坊主にさせられるという
噂がながれて、ものすごく悩んだくらい
髪の毛については、無性にこだわりがあったみたいだ
結局、浦和、大谷場の中学校は、坊主じゃなかった
やれやれ

中学に上がったころ
MG5とか、整髪料が流行りだして
バイタリスというのをつけたりしたっけ
中学、高校時代は、ごくごく近所の床屋さんに通っていた
その家には学年が2つくらい上の女子がいて
たしかバレー部員だったな
私はテニス部で、コートが隣だったから覚えているよ

高校も後半になると
フォーク歌手の遠藤賢司に大、大、大、影響を受けて
生ギターを手にしてから
髪を伸ばし始め、毛先は自分で切るようになった

更に上の学校に進んでも
音楽熱は下がらず、ぐんぐん上がる一方で
生ギターを電気ギターに変えて
髪は肩にかかるほど伸びていった

(途中端折(はしょ)りますが)

髪を切って社会人になってからは
シャレっ気が出て
美容室へ行き、カットしてもらい
今度は、パーマをかけて
それが落ち着くと
やがては、ハードジェルでなぞるように
かためるようになっていった
その頃は、バイクに夢中だった
ツーリング仲間のなかには、ヘルメットをかぶり続けるから
坊主にしていた人もいたけど
さすがに、できなかった

結婚して落ち着いた頃には
髪のことは、あまり気にしなくなっていった
ある日、頭頂が薄く見えるねと
会社の同僚に言われて、気になりだした
エートネーチャンとかアラランスとか
パンフレットを取り寄せたが
なんか、べらぼうに高そう

そして、女房との会話
妻 「髪洗う前にお湯で濡らして柔らかくしてから洗髪してる?」
私 「んーん(いいや)」
妻 「じゃ、やってごらんよ」
妻 「あと、シャンプーのあとにリンスしてる?」
私 「んーん(やってない)」
妻 「じゃ、それも、やんな」
禿げるの、まだ早いよ、と思ったので
言いつけを守って
どうにか、保ってこれたかと‥

思っているんだけどなあ
あれれ




posted by ogawan at 20:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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