2013年10月05日

バイクで切り取った青春

川越の整体院「やよい整体」の小川です。


なんだか、”すっきり”とした花が咲いてましたよ。
16号線の高架の土手にありました。
名前は、わかりませんが
パッと見、惹かれました。

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雨がけっこう激しく降っておりましたね。

秋雨のシーズンかな

また、むかし話ですが

こんな時期、よくバイクにまたがって
近郊へツーリングへ行きましたっけね。ソロで。
栃木や群馬
伊豆や箱根方面とか
千葉とか
長野とか

晴れの日もありましたが
当然、雨の日もありました。

天気に関係なく
行くぞ!と決めてた日には
朝から雨だって、決行です。

カッパ来て
皮のグローブの上に、雨用の手袋をはめて
皮のブーツの上にも、雨用のカバーをしたり
膝上までのゴム長をはいたりして
出かけたものです。

あのころは
バイクライダーは寒くったって、雨が降っていたって
常にバイクに乗るものだと思っていたのですよ。
ついでに言えば
空冷エンジンのバイクは
雨の日のほうがエンジンが冷やされて
好調になるんだからと強がりも言ってたりしました。

しかし
しばらく乗り続けると
ヘルメットのシールドが曇って前が見えなくなったり
メットにあたる雨音と風をずっと聞きながら
だんだんと冷えてくる体と
無心で走る孤独との戦いで
目的地に着くころには
心も萎えてたりして
暖をとるために休憩した場所で
楽なかっこうで暖かい状態で
楽しく来ていた4輪ドライバーを
ちょっと羨望の目で見てた自分もありました。

なんで、ここまでして乗るんだろう?
自分に問いかけたこともありました。

あのころは
いろいろあって
自分ひとりになって
考える、というか
無心になって、ただ走ることに集中して
何もかも忘れたい
そんな時期だったのかもしれません。

ある意味
(ちょっと年行ってたけど)青春だったんだろうかと思います。
(かっこつけてるけど、ただのバカだったか‥)


バイクにも車にも乗っていませんが
バイクに対する思い入れは
そんな時期を過ごしたものですから
けっこう強いんです。

似たような
中年ライダー、いや壮年ライダーも
多いかもしれませんね。
そういう人とは
話が合うかもしれません。
でも
寒い時期のライディングは
もう、この歳では厳しいでしょうね。

晴れた日に
景色のいいところを
イイトコ取りで
乗るのもいいなあ。

でもね

そういう感覚
今は、お店で
お客さんに対していると
感じることもあるんですよ。

だから
ロケーションとか
あんまり関係ないかもね。




本日も、おつき合いありがとうございました。
やよい整体 小川 昭



■ 「やよい整体」では、骨盤矯正とともに、O脚矯正も行っています。
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2013年08月08日

ぼくの マドンナ

二日前の、西の夕空
おもわず、おぉぉと、うなりながら
しばらく見ていた

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さて、本日は、またエッセイなどを。

はじまり、はじまり


「好きだったひと」

今でも、思い出すと胸がときめく、
ぼくが好きだった人。
高校に入学し、一年生の時から見かけた子は、他のクラスの女の子でした。
髪は長く、まっすぐな黒髪で、細い面立ち、目は切れ長、
瞳はやや小さいが、やさしく、少し翳りがありそうで、
でも、いたずらそうなまなざしも見せる。

県庁所在地に位置する
市立高校のセーラー服は、清楚でいながら女性らしさを強調した制服だったけど、
その大きく開いたVゾーンから覗く、やや陽焼けした平らな胸元。
女子は皆同じセーラー服を着ているのに、
彼女だけが、一番似合っていると思った。

友だちの女の子と仲良くしている姿を見かけてはラッキーと思い、
クラスの男子と気さくに話して笑っている仕草を見かけては、
その男子たちが、うらやましかった。

不思議と彼女の影には、和の香りが沸き立ち、
古風な女の艶やかさが見え隠れしていた。
私には、近づきがたいけど、お近づきになりたい存在。
心では友達になりたい、あわよくば彼女になって下さいと声を掛けたくなるのだが、
彼女と遭遇すると、金縛りになってしまうのだった。

そうして段々と、彼女は私のマドンナと化していった。

同級生に面白い奴I君がいた。
部活はしてないのだが、
放課後になるとケースからクラシックギターを出して、
黙々と運指の練習をしていた。
ある日、彼の演奏を耳にしてドキッとした。
「アルハンブラの思い出」という曲。
物悲しくも郷愁を誘う調べが私の恋心にフィットしたのだろうか。
彼の演奏は素晴らしく私の胸を打った。

ある日の帰り、I君と校門で一緒になった。
とその時、向こうからマドンナが歩いてきた。
!!!
 ドキドキした。
すれ違う寸前、彼女が声を掛けてきた。
「今、帰り?バイバイ」
 だって! え?
唖然。
そしたら
I君が「おう、じゃあな」
だって!
えー!
絶句。
I君に「えっ、友達?」と聞くと、
I君「うん、中学の同級生」

がーん。

I君がうらやましい。
I君がうらやましい。
I君がうらやましい。
I君がうらやましい。
I君がうらやましい。
I君がうらやましい。
I君がうらやましい。
I君がうらやましい。

あんなに気軽に話せるなんて。


結局、
私は彼女に、

ひと言も声を掛けられぬまま、

卒業したのでした。




もう時効だろう

その名は
‥千代香さん



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2013年07月30日

18才の夏 ほんの一時(いっとき)出会った人

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はるか、むかしのこと(吐息)

受験に失敗し
池袋の予備校へ通っていた頃
旅行がしたくて
近所のガソリンスタンドに行き
貼紙も無いのに、所長さんに直談判して
アルバイトとして採用してもらった

黒縁のメガネの小柄な所長さん
まだ若そうな細身の女性事務員さん
たくましい筋肉でがっしり、大学時代ラガーマンだった社員1
ホンダCL350で颯爽とやって来る、ロングホープが好きな整備士の社員2
もうひとり‥ん‥覚えてないけど
「お前なぁ、今度の受験落ちたら、ここに正社員で来いやぁ、いいかぁ」と言っていた社員3

免許もなくて運転出来ないし
暑いと、すぐホース持ち出して、やたらと水撒きをしてたし
ガソリンコックからノズルを抜く時、よくこぼしてた
役立たずの若造を
あまり、うるさいことも言わずに、かわいがってくれていました
有難うございました

いただいたバイト代で
8月の上旬に、旅に出ました
パンタロンジーンズにTシャツ
革のサンダル(あとで足の皮がむけて大変なことに‥)
高校のテニス部の時に使っていた
ダンロップの楕円形のバックにはチェリーを忍ばせて

初日
まず行ったのが、山形県
山寺というところ
立石寺
山頂をめざし木々の間を登って行くと
途中、岩肌には石仏などがあったかな
眼下の景色がどんどん箱庭のように
すばらしい景色が広がっていった

つぎに向かったのは、宮城県
こけしで有名な、鳴子温泉、鳴子渓谷
そこのユースホステルで一泊
東京から来た大学1年生と話した

二日目は、福島県の裏磐梯
五色沼へ向かい
そこのユースホステルで一泊
夜にキャンプファイアーをやっていて
ちょっとセンチメンタル

三日目は、日本海だ
新潟県の鯨波へ
海岸で磯遊びをした
プールでしか泳いだことのない私は
水深がすぐ3m以上になってしまう磯で
あやうく溺れそうになった
おもいきり海水を飲んで死にそうな思いをして
疲れ切って岩場で寝こんでしまい
真っ赤に日焼けをしてヒリヒリ状態
この日は、柏崎のユースホステル泊

夜から台風が接近してきて
翌日も柏崎にお世話になるはめに

5日目は、長岡まで出て
鈍行で浦和まで帰った


なぜか、すごくよく覚えているのは
初日のこと
山寺駅から電車に乗り
仙台経由で鳴子方面へ向かってる時だ
向かい合わせの席に居た、22、3才の女性から
声を掛けられました

「学生さん?」「東京から?」「旅行?」とかとか
くわしい内容は忘れたけど
笑顔で、明るく話しかけられて、照れながら答えてたと思います
私「どちらまで行かれるんですか?」
「新庄に帰るの」
「私も東京に居たのよ」
私「じゃ、帰省ですか?」
「ううん、もう東京には戻らない‥と思う」
私「え!どうしてですか?」
「‥」(なにか遠くを見て、わけありな表情)

私が、もうすぐ鳴子に着くかという頃
バックから、ごそごそと何やら出して
「これ、あげるわ」と包みを差し出された
私「え!いんですか?」
見ると、土産物風のたまご型の木細工の人形でした
「わたしが持ってっても、仕様がないから」とか、言ってたかな

家に帰る時には
その人形と
鳴子のこけし
(といっても、お金無かったから、鳴らない鳴子のこけしでしたが)
私のバックに入ってました




posted by ogawan at 19:21| Comment(2) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月25日

辻堂に通ってたころ

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きょうも
夏をテーマにした作文です。
一緒に、夏を感じてみてください。


「休みは辻堂へ」

東京から北へ四十qほど離れた海の無い街。
私は以前ここに住んでいた。
埼玉県の県庁所在地だ。
夏になると、きまって休みは、辻堂海岸へ通っていた。
これは、その頃の話だ。

エアコンの無いコラムシフトの軽自動車ホンダN360。
薄い鉄板で出来た車だから、とにかく暑い。
窓を開けて走る。
都内では信号待ちのたびに風が止まり、
うだうだ、背中のシートに汗がこびりつく。

第三京浜に入る。
アクセルをめいっぱい踏み込んで巡航速度80qで走り続ける。
風が心地よい。鼻歌が出てくる。
やがて視界に海をとらえる。
そのとたん、潮の香りが左の窓から、
ぐるっと後部座席をめぐってから右の窓へ抜けて行く。
最高の瞬間だ。

長い道のりの末、辻堂海岸に着く。
太陽はもう真上に昇っていた。

無料駐車場に停車する。
海岸の入口に旗を立てて、冷たい飲み物とアイスキャンディを売っている。
からだの割りには小さなビキニをつけた娘二人がキャンディを選んでいた。
胸元の日焼けのあとが眩しすぎる。
ここでビールを買うことにしている。

甲羅干しをしている間にアルコールっ気はすぐに飛んで行ってしまう。
大きなタオルを敷いてサンオイルをぬって寝そべる。
目をつぶる。
太陽を瞼の前に熱く感じる。
その暑さを拭うかのように波打ち際から磯の香りがやってきて、
足元から順に上ってきて鼻先をかすめて去っていく。

遠くにチラリホラリ、水着姿の娘が浜に立っているのが見える。
長い髪が陽に焼けて金色に脱色し、締まったお尻の上まで伸びている。
大きな三脚に固定した超望遠レンズのカメラを覗き、海の一点を追っている。
その先ではサーファーが波を待っていた。

うつらうつらして、

陽が傾くと、海からの風は陸からの風に変わる。
そろそろ、けだるさが残ったからだを起こし、
しばらく海を眺めてから駐車場に戻る。

まだ火照っているN360に乗りこみ、エンジンをかける。
窓は全開。
去りがたい海の、香りを纏いながら家路につく。


海と太陽、そして
風を愛していたころ
20代のころの話です。







posted by ogawan at 19:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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